江戸時代版・会いにいけるアイドル

 

浅草は現在も江戸の風情を残していて、ぶらぶら散策するのが楽しい町ですよね。当時は「浅草寺へお参りに行く」というのを口実に、浅草寺の参拝後にご飯を食べるのを楽しんだり、見世物小屋や大道芸を見たり、浅草名物の買い物や、吉原遊郭、歌舞伎を楽しんでいたようです。

 

浅草寺の境内裏手にあたる「奥山」と呼ばれる地域は、見世物小屋・大道芸など様々な興行や名物の販売などが行われ、多くの客で賑わっていました。浅草の名物として、浅草海苔・浅草紙・歯ブラシの前身の房楊枝などもあったみたいです。多くの店では客寄せのために素敵な女性を雇い、彼女達は看板娘と呼ばれて江戸時代の有名人になったものもいたようです。

 

 

とくに有名なのは、浅草寺境内にあった楊枝屋「柳屋」の看板娘「お藤さん」です。当時の浮世絵師「鈴木春信」が美人画のモデルとして描いたことで、看板娘たちの存在が知れわたり「アイドル」のような存在に。

 

「会いに行けるアイドル」をコンセプトにしている「AKB48」の元祖でしょうか?どうしていつの時代も人は同じことを繰り返すのでしょうね。

 

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